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人間は本質的にわかり合えない [雑記]

俺の痛みは俺にしかわからないし、
他人の痛みは俺にはわからない。

他人の気持ちをわかる人間はいない。
存在するのは、わかった気になる人間と、
わからないことを認識している人間だ。

わかった気になる人間は、
「私はみんなのことをこんなに理解しているのに、
みんなは私を理解してくれない」と拗ねる。
そして、自分の独りよがりの理解と反する行動を他人が取ると、
自分の理解を改めるどころか、他人の方を非難するのだ。
「私が予期せぬ行動をとるなんて、身勝手だ」と。
他人を身勝手呼ばわりする人間は、
他人には何らかの行動をとる暗黙の義務があると思っている。
暗黙の義務を果たさない人を身勝手と非難する。
俺に言わせれば、他人に暗黙の義務を期待することこそ身勝手だと思う。
暗黙の義務を多く期待する人ほど、他人を身勝手呼ばわりする。
他人を身勝手と非難する人間こそが、要求が多い身勝手な人間なのだ。

人間は本質的に分かり合えない。
でも、わかっていないことを認識しつつ、わかろうとし続ければ、
徐々に理解は深まっていくだろう。
わからないことだらけだから、毎日、新しい発見があり退屈しない。
人間関係とは豊かで興味深いものだ。
わかったつもりになったり、わかってもらって当然と思わなければ。


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責任感が強い俺は、自分を甘やかす [雑記]

ここのところ、いろんな正念場が重なってやってきて、、
精神的にしんどい日々が続いています。
こんなときは、自分への負荷を減らさないといけない。
今は、徐々に底が見えてきたところだから、まだ余裕はある。
ぎりぎりになってからだと、判断も鈍るし、予想外のことも起こるから、
早めに自分を甘やかすことにする。
俺は基本的に自分の心の強さを信じていないチキンなのだ。

俺は自分がとっても弱い人間だと言うことを知っている。
だから、弱ってきたら、すぐに甘やかす。
自分を甘やかすことができるから、正気でいられる。
もし、「自分を甘やかすのが悪である」とか、
「厳しいときほどがんばらないといけない」というような強迫観念があったら、
鬱病になっているんだろうな。

短期的に仕事時間を増やすよりも、
長期的に働ける状態に自分を保った方が良い。
そのためには、疲れたら休む。充分休んでから働く。
それが鉄則。

深く考えずに無理する奴って、長い目で見て周りに迷惑かけまくりなのに、
頑張る自分に酔っていたりするから、良い迷惑だ。責任感が無さ過ぎる。
俺のように責任感が強い人間は、無理が出来ない。


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「蛙の子はカエル!」との指摘をゲットしました [雑記]

蛙の子はカエル!
正しく、蛙の子はカエル!

人のこと決めつけて聞く耳もたないかと思えば・・・今度、自分が批判される番になったら
逃げに入る・・・ほら誰やらの親と同じ事してない?
所詮この程度、情けな〜い。(¬¬)

あれだけ息巻いていた対決とやらの意味って何?
あんな茶番劇、まったく笑わせる。冗談じゃないって感じ・・・一体、何がしたいんだか?
ワタシにはいい年して親にだだこねて甘えてるようにしか見えない!
本当に対決する気があれば、原稿用紙など必要ない・・・自分の身一つあればいいんじゃないの?
親と真直ぐ向き合って、自分の言葉で腹の底から本音を吐き出してぶつかっていけばいいんじゃ?
いい年した子供が親に作文を聞かせるようなもので何が対決だか、バカバカしくて話にならない。
『結局、親にも相手にされず』ってか、親よりもこの人に問題有り!かなり痛い・・・

人の痛みが解らない人に限って自分の痛みは解れと言う・・・まったく自分勝手、エゴの塊。
自分も人の親なら自分の子供に同じ思いをさせない事の方が先決!
何をチマチマ、まどろっこしい・・・男として器が小さ過ぎ!
これっぽちの愛情で育つ子供が可哀想・・・ちっとも全身で子供を守ってない。
口先だけ・・・最低だ。
奥さん任せの子育てで父親として得たものなど知れてる・・・付属のオマケじゃあるまいし。
親を責める前に・・・まず!自分の子供が自分に不満がないか、奥さんに子供を産んで育てる
って事がどれだけ大変かを一度、聞いてみたら?

自分が親にした仕打ちは自分の子供によって必ず返ってくる!堂々回り・・・
忌わしい因縁を断ち切るのは自分、人身御供になる覚悟がないなら最初からやめてとけ!

この話はこれでおしまい!時間の無駄!貴重な時間がもったいない!!



読者様から対決に関する忌憚なき意見をゲット。
せっかくだから、TBしてくれればいいのに。
コメントは後ほど。

このレスは俺がもらった中で5本の指に入る良レスです。
表現はどうあれ、考えさせられる点が多いのですよ。
こういうコメントをもらえるとblogに公開して良かったと思う。
スルーするには惜しいので、解説・反論を執筆中です。

すいませんが、本人様以外のコメントはこの記事では、しばし控えてください。
気持ちは有り難いのですが、常連から俺の援護コメントがつくと、
袋だたきというか、さらし上げみたいになってしまって、それは本意ではないのです。
既に書き込まれていた俺への擁護コメントは、
しっかりと心に焼き付けた上で、削除させていただきました。
大変に心苦しいのですが、ご理解ください。


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繋がらない・・そんなときこそAtomAPI [雑記]

So-netの不手際には、毎度毎度のことながら、呆れ気味。
昨日の晩から繋がらなくて、今日の10時頃ようやく不具合のお知らせ。
ずいぶんと時間がかかるもんだ。
トラブルは認証系のサーバが落ちているものと思われます。
例によって、例のごとく、たっぷりと時間をかけて作業をして、
ようやく午後6時頃、復旧の報告が。
しかし、未だにログインできないのでした。
直って無いじゃん!

アナウンスをする前に、動作確認をしないのだろうか?
それとも、直してないのに、直したふりでもしているのか?
so-netブログチームの意図が読めない。
と、思ったら、
 「8/23 18:00ごろ障害復旧を確認いたしましたが、
再度発生している 模様ですので、再調査を行っております。 」だってさ。
相変わらず、やっていることが子供のお使いレベルなんだよな。

こんな時でも、AtomAPIを使えば、投稿も編集もできてしまう。
詳しい使い方はここに書いたから、気になる人は是非チャレンジしてみてください。
ソネットが不安定でも、ストレス半減なのだ。
ワンダフル

AtomAPIを使って記事の投稿と編集は出来るのだけど、
過去のコメント一覧がみれないから、レスができんずら。
まいッチング。


妄想に勝る現実はない [雑記]

他人のblogを読むと、「この人はどんな人なんだろう?」と勝手な想像がふくらむ。
よく読むblogの執筆者には、俺なりの確固たるイメージがある。

ネットの知り合いに実際に会ってみると、いつもがっかりする。
別に、ネット上の知り合いを美化しすぎているわけではない。
俺は自分が育ててきたその人のイメージに愛着があるようで、
慣れ親しんだイメージが崩れるのが嫌みたいだ。
予想に反して美人だったとしても、やっぱりがっかりなのだ。

とくに、がっかりするのは外見よりも声だ。
俺は頭の中で、その人の想像上の声で文字を追っている。
本人の肉声に接すると、そのイメージがガラガラと崩れる。
同じ文章でも読む声によって印象ががらっと変わってしまう。
アニメの声優がいきなり変わったような違和感を感じる。
さわやかな声をイメージしていた人が、曙みたいな話し方をすると、
「・・・お前は誰だ?」って感じです。
まあ、そんな勝手なことを、言われた方も困るだろうけど。


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「今日も疲れた~」と自信をもって言えるか? [雑記]

限界まで集中して仕事をした日には、俺は電池切れになる。
この疲れ切った状態は、とても心地がよい。
「今日は働いたなぁ」という充実感を感じつつ、
「つっかれたぁ」と叫んで、冷たいビールを喉に流し込む。
この瞬間の開放感・充実感・自己肯定感・心地よさ。
それは、持久走を走りきった後の開放感であり、
プールで泳いだ日の午後の最初の授業に居眠りする心地よさだ。

「疲れ」が、自分の一日を肯定する。
俺はむしろ、疲れていない日に不安を感じる。
「今日を無為に生きたのではないか?」
「俺はもっとやれたんじゃないか?」と。
だから、俺は寝る前にちゃんと疲れているかどうかを自分に問う。

俺とは逆に、「疲れた」とは絶対に言わないし、他人が「疲れた」と言うと嫌な顔をする人がいる。
そういう人間は、充実感がない職場で搾取されているのだろう。
短期的な収益のために従業員に無理を強要するには、
「疲れた」と考えたり、言ったりするのを禁じるのが一番だ。
疲れたと言わないからと言って、疲れないわけではない。
むしろ、疲れを自覚しなければ、適切な休憩が取れなくなってしまう。
「疲れた」を禁止された人間は遅かれ早かれ、体を壊して倒れたり、鬱病になったりする訳だ。
使いつぶした人間は「気合いが足りない」と切り捨てて、新人を募集する。
そういう職場は少なくない。
むしろ、疲れを肯定できる俺が、とてもラッキーなのだ。
俺は自分を理解した上で、自分に向いた職業を選んだ。
だから、楽しくて働けて、帰宅してからも充実感が味わえる。
給料とか、休暇とか、楽かとよりも、
気持ちよく疲れられるかどうかを、職選びの基準にすべきだ。


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「書くこと」と「考えること」 [雑記]

感じたことを、ありのままに書き記すことが作文の理想とされている。
でも、ありのままの気持ちって、そのまま文章にできるだろうか?
俺には、できない。
「感じたことを、ありのままに書きましょう」というスローガンを実践したら、
曖昧ではっきりしない、意味不明の文章しか書けない。

そもそも、「ありのままに書きましょう」という指導要綱が行き渡る背景には、
「心の中には既に完成されたアイデアがあり、文章はそれを表現するだけ」
という前提があるのだが、その前提が根本的に間違えていると思う。

俺の頭の中には「何となく引っかかるもの」がたくさんある。
しかし、その「何となく引っかかるもの」は、そのままでは文章にならない。
その理由は、ボキャブラリーや表現力の不足ではなく、
アイデアの本質を把握できていないからだろう。
文章を書くというのは、アイデアの不明瞭な部分を突き詰めていくことだ。
書くという行為を通して、論点が明確になっていく。
文章を書き終わって、「そうか、俺はこれが書きたかったのか!」と、
初めてわかることもよくある。

ブログのネタは、最初は俺の頭の中に漠然とした形で存在している。
この漠然としたものを整理・理解していく過程が書くことであり、
納得がいく結果が得られたとき、文章はblogにアップされる。
俺にとって、「書くこと」と「考えること」は密接に結びついている。
もし、書かなければ、「何となく引っかかったもの」はやがて消えてしまうだろう。
「書くこと」は「考えること」であり、自分を理解する最良の手段なのだ。
文章にできないうちは、本当の意味で理解したとは言えない。

自分の中に芽生えた漠然とした感情は、植物の種子である。
その種子は、適切な環境に埋めて水をやらなければやがて死んでしまう。
作文によって、種子(アイデア)を育てると、花(文章)が咲くのだ。


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人生の目的は、でっかく都心に一戸建て [雑記]

俺は引きこもりだから、結婚式などという煩わしいものに招かれない。
ラッキー
しかし、妻は結婚式に、良く出かける。で、いろんな話をしてくれるのだ。

妻のいとこの結婚式で、
新郎が「自分の夢は山手線の中に一戸建てを建てることです」とビッグな夢を語ったらしい。
俺はそれを聞いて、あきれ果ててしまった。
お前の目標は入れ物なわけ?
その中でどういう生活を送るかについては、何の夢も無いの?

人生の価値は何を残したかではなく、どう生きたかで決まる。
例え、何一つ残さなかったとしても、生きている瞬間が満たされていれば、
それでOK。そういうものだろう。
この新郎は、老後に暮らす家のために人生を使う。アホだな。
貧困な人生を送ってきた人間は、経済的に恵まれていようと空しい老後。
豊かな人生を送ってきた人間は、経済的に不遇でも、精神的に豊かな老後を過ごせる。
入れ物のために人生を費やした人間は絶対に満たされない。
未来のためではなく、今の自分のために生きろ。


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ボボの思い出 - 人生の目的論 [雑記]

昔、留学していた時に、その国の先住民を保護する活動を行っている友人に連れられて、とある先住民の保護区に遊びにいった。車で半日ほど森の中を走り、着いた場所は川沿いに掘っ立て小屋が並ぶ小さな村だ。

この国の先住民は、小さな保護区に押し込められている。昔ながらの狩猟生活をするにはとても面積が足りないので、政府からの少ない保護金で生活をせざるを得ない。この保護金は、1セントでも現金収入があると打ち切られる。文明から離れた場所で事業を始めても、すぐに軌道に乗るわけはない。経済的に自立するためには、大量の初期費用が必要になる。ぎりぎり生活していけるぐらいの低水準の保護金だから、当然蓄えはない。つまり、政府から生かさず殺さずの生活を保障される以外にどうしようもないのだ。政府の保護金は、保護という名の鎖である。まあ、日本の扶養制度も似たようなモンだけど。

「身体が健康で働きたいのに働けない」という状態は、人間の魂を腐らせる。仕事がない彼らは、覇気が無く、どんよりとした生活を送っている。やることのない大人たちは、非合法な草を栽培して自家消費をしているらしい。あの状況におかれたら、そういう風にもなるだろう。その国の侵略者の子孫たちの先住民に関する感情はとても悪い。「あいつらは働きもせずに、俺らの税金でぶらぶらしているジャンキーだ」と言う。土地を奪い、退廃的な生活しかおくれない状況に押し込めておいて、その言いぐさは無いんじゃないかと思うけど、おれは大人だから口には出さない。先住民の存在は、彼らのアイデンティティーの地盤に埋められた不発弾だから、それをいじるときは、相手と差し違える覚悟が必要なのだ。



到着して、すぐに俺は村のこども達と仲良くなって、一緒にトランポリンで遊んだ。ここのこども達は、素朴でかわいい。犬も人なつっこくて、かわいい。子供と犬をみれば、だいたいの土地柄はわかる。俺は、すぐにこの場所が好きになった。

夜はキャンプファイアー。残念ながらこども達は寝てしまったので、俺は飲むだけ飲んで話は聞き流すつもりだっのだが、ボボという男に絡まれた。村人によるとボボはかわりものの哲学者だという。ボボは、「俺の名前は、hook in mouthという意味だ。俺は生まれつきの釣り氏なのだ」というようなことを言っていた。で、そのボボが、なぜか俺に「人生とはなんぞや」的な議論をふっかけてきたのだ。東洋のニーチェを自任していた俺は、仕方なく「人生とは諸行無常である。ニヒリズム万歳。」みたいなことを、酩酊しながらデタラメな英語で話した。すると、ボボは「お前は頭で考えすぎだ。もっと、心で感じないとダメだ」と言った。原文は、"You modern man think by your head. But you should feel by your heart."とか、そんな感じ。 headで頭を指さして、heartで胸を指さすゼスチャー付き。これに、おれはズギューンと来てしまった。確かに、俺は理屈が先行するきらいがある。「短いやりとりからそれを見抜くとは、ボボ、やるじゃねぇか」と思い、俺も本気で問答モード。

俺:「人生の目的はなんだ、ボボ、言ってみろ。」
ボボ:「うーむ。難しい質問だな。」
俺:「心に聞けば簡単だ。人生の目的は、幸せになることだ。それ以外に在るはず無いだろう。」
ボボ:「幸せになる・・・。その通りだ、カツオ。」
俺:「お前が言うように、幸せかどうかは、心で感じることだ。だから、生きる目的は心が決定すべきだ。だから、目的地は心で決める。でも、その目的地にたどり着くためには、頭が必要なんだ。俺らモダンマンの生活は複雑なんだ。心が設定したゴールにたどり着くには、頭を使う必要がある。頭と心の歯車がかみ合わなければ幸せになれない。心の赴くままに動くと、決して幸せにたどり着けない。そういう酷い社会で俺らは生きているんだ。心だけで幸せになれる社会があれば、人は傷つかないで澄むのかもしれない。」
ボボ:「では、お前の幸せとは何だ、カツオよ。」
俺:「愛する者を幸せにすること。しかし、愛する者にとって何が幸せだろう。俺にはわからない。わからないんだ。」
みたいなことを酩酊して、ぐだぐだ話したのだ。

で、翌日、俺が帰るときにボボがやってきて、「カツオ。お前が、自分の幸せを見つけたなら、ここに戻ってきて、俺に教えて欲しい」と言ったのだ。俺は彼が手渡した吸いかけのタバコを吸って(同じタバコを吸うのが彼らの親密さの表現らしい)、「約束するよ」と握手をして、村を去った。

あれから随分経つけど、俺はボボに会いに行っていない。彼に会うことは、これからもないだろう。なぜなら、何が幸せかは生きている限り追求していくべき課題であって、答えなど無いからだ。俺は生きている限り、ボボに報告にいくことは無い。さらに切実な問題として、俺は一人では村に行けないのだ。道わかんないし、村の名前も忘れたし、友人とは切れてしまったし・・・どうすりゃいいんじゃい。


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妻子のいぬ間にアレをする [雑記]

今日から、妻が息子を連れて泊まりでお出かけ。
これはチャンス
既婚者が妻子の留守にこっそりやることと言えば、
アレだよ。

アレ。

プレイを盛り上げるために、ローソクまで準備してやる気満々。
今夜は、間違いなく熱い夜になるだろう。
オールナイトになるかもしれない。
明日は朝から会議だから、寝不足はつらいけど、まあいいや。
明日のことなんて忘れて、今夜は楽しもう。

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