愛されないという十字架 [愛憎論]
金持ちは遺産を様々な形で次世代に残すことが出来る。
また、金持ちは金持ち同士で結婚する場合が多い。
軍資金が多いほど、金を稼ぎやすい世の中だから、
金は常に金があるところに集まる傾向がある。
だから、金はあるところにはあるし、無いところにはない。
愛情もそれと同じなのだ。
愛された人間は、愛情を増やすことが出来る。
そして、愛情がある者同士が結ばれて、
愛情を次世代へとつなげていくことが出来る。
愛情もお金と同じで、有る場所に寄り集まる傾向がある。
さらに、愛情には相続税が一切かからない。
愛情があるところには溢れるほどあるが、無いところには一切ない。
愛情はお金以上に個人の格差が激しいのだ。
最近、日本でも経済格差が取りざたされることが多い。
でも、俺は経済格差はそれほど大きな問題だとは思わない。
経済的に底辺だとしても、普通に働けば食べていけるし、
幸せな人生を謳歌することは難しいことではない。
しかし、愛されなかった人が幸せな人生を送る確率はとても低い。
愛情格差の方がより深刻な問題であることは疑いの余地がない。
たとえば、奈良県田原本(たわらもと)町の医師(47)の長男(16)は、
金銭的には恵まれていただろうが、愛情的には飢餓状態だった。
この長男(16)の人生は、何の希望もない苦痛の連続だっただろう。
そして、この先も殺人犯としてのキャリアを一生背負っていくのだ。
長男(16)の不幸の原因は、愛がない環境に産まれてしまったということ。
そして、その環境をつくった彼の親もまた、愛がない場所で育ったのだろう。
愛情が無い環境が世代を超えて連鎖しているのだ。
経済格差というのは、目に見えて、わかりやすい。
平均収入との比較で、自分がどの位置にいるのか一発でわかる。
貧乏人は、貧乏であることを自覚できる。
それに比べて、愛情格差はわかりづらい。
その家庭に愛情があるかどうかは、一皮むいてみないとわからない。
また、愛情が無い場所で育った人間は、愛情を知らないが故に、
自分が愛されていないということを自覚できない。
さらに、ゆがんだ家庭ほど、外部との接点が少ない傾向が強く、
子供は家庭という密室で全く愛情を知らずに育つことになる。
そして、親の支配や執着を愛情だと思いこむのだ。
愛情が希薄な環境で育った子供ほど、自分は愛されていると思いこむ。
愛されない人間は愛された人間を見るとコンプレックスが刺激される。
だから、愛されない人間だけで排他的なサークルをつくる傾向が強い。
愛された人間と、愛されない人間の生育環境には接点が少ないのだ。
愛された人間には、愛されない人間が存在すると言うことが理解できない。
愛されない人間には、愛するという行為の存在が認識できない。
お互いに想像の範疇を超えているが故に、
愛された人間も、愛されない人間も、そこに横たわる愛情の格差に気づかない。
また、経済格差は目に見えるから、自力で克服できる。
たとえ、貧乏な生まれであっても、
ほりえもんのようになりふり構わず銭ゲバをすれば、
それなりの収入は得られるだろう。
一方、愛されなかった人間は、努力をしても愛を得られない。
愛されなかった人間は、誤った愛情のイメージをもっているから、
多くの選択肢の中から、愛情が無いパートナーをわざわざ選んでしまう。
いくら努力をして選択肢を増やしたところで、全く無駄なのだ。
愛されない人間が愛されようと努力をしたところで、全く報われない。
ベルのように生まれつき美人というラッキーがあったところで、
愛されて幸せな生活など夢のまた夢だ。
偶然に愛情豊かな人と結ばれる可能性が高いのは、
むしろ選択肢が少ないブスやキモメンかもしれない。
愛されなかった人間は、自分の過去と向き合って、
自分が愛されていなかったことを認めない限り、救われない。
しかし、愛されなかった人間には過去と直面する勇気がない。
愛されなかった人間は、完全に詰んでいるのだ。
出口なんて、どこにもない。
Unloved & Weeded Out by Converge
Convergeのアウトテイク集。アウトテイクとはいえ、どの曲もレベルが高いです。
(7)Undoは名曲やでぇ。







はじめまして、わたしは20代後半の女です。
興味深く読ませて頂いています。
私は数年前から、自分の性格に問題を感じていました。
きっかけは男性との交際関係です。
何人かの男性とお付き合いしましたが、どれも同じようにうまくいかないのです。
こちらで言うところの「地雷」だと思います。
ある男性にフラれたとき、「君は愛を知らない」って言われたのがきっかけで、
愛について考えるようになりました。
一人で調べたり考えたりしてもわからないままで、
結局、その後付き合った別の男性に愛らしきものを知らされました。
わたしは自分を大切にしないタイプだということはわかっていましたが、
他人を愛することこそできそうにありません。
こちらを見つけたのは今日です。
「心を鍛える」とかそういう検索でたどり着きました。
その今となっては、愛を教えてくれた彼ととうまくいかなかったのも、
わたしが地雷だったからだと確信しています。
まだ全部読んだわけではないけれど、
たった今この「愛されないという十字架」を読んで、絶望的になりました。
わたしは両親を尊敬しています。ふたりとも障害者です。
苦労して育ててくれた。「愛すべき」人たちです。
しかし実際のところ、わたしはそこに親の愛を受けていなかったのかもしれません。
よくわかりません。わたしは愛されない子だったと頭では考えてみても、
それを認めるということがわからない。
でも記事を読めば読むほど、管理人様の言うことがわたしにピッタリ当てはまっていてビックリです。
今まで付き合ってきた男性達があんなに変になってしまった理由がわかりました。
そして目的であった「心を鍛える方法」なんてものは探すだけ時間の無駄だということも。
為す術はないですが、他人に愛想を振りまいてちやほやされようとするのを本気でやめて、
もう少し自分について大人しく観察していようという風に思います。
挫折したときがスタート、その言葉をかみしめながら、明日も仕事がんばります。
どうもありがとうございます。
by Y (2007-06-11 21:27)
反論。私は十字架を背負っています。
愛情が希薄な環境で育った子供ほど、自分は愛されていると思いこむ。
↓
いいえ。
思い込んでいません。
決め付けないでください。
愛されなかった人間は、自分の過去と向き合って、
自分が愛されていなかったことを認めない限り、救われない。
しかし、愛されなかった人間には過去と直面する勇気がない。
愛されなかった人間は、完全に詰んでいるのだ。
出口なんて、どこにもない。
↓
今、向き合っています。
決め付けないでください。
絶望します。
by Hirosuke (2011-09-16 20:32)