他人が肯定しても、自己否定的な人間は自分を肯定できない [幸福論]
自己否定的な人の根本的な過ちは、他人の評価によって自分を肯定しようとすることだ。
自己否定的な人は、自分を肯定するために他人の評価を得ようと必死になる。
そして、他人から評価を得たら、それを維持するために神経をすり減らす。
他人の評価を得るために大きな犠牲を払っているので、
自己否定的な人に対する周囲の評価は平均以上に高い場合が多い。
でも、それは本人の自己評価にちっとも結びつかない。
自分を切り売りして、他人の評価を得たところで、
それによって得た自信は一つの失敗で水の泡のように消えてしまうのだ。
自己否定的な人は、自分を肯定してはいけないという強い自己規制がある。
心の奥底から、わき水のように自己否定感が無尽蔵にしみ出してくるのだ。
こういう状態では、表面にいくら他人の肯定を敷き詰めても、
一カ所に穴が開いただけで、自己否定感が吹き出してくる。
そして、ひとたび自己否定感が噴出するやいなや、ため込んだ他人の肯定は消えてしまう。
誰だって、他人から評価されればうれしいし、自信にも繋がる。
自信が積み重なることで、自己肯定感は高まっていく。
自己否定的な人と普通の人は、自信を得るプロセスは同じなのだが、自信を失うプロセスが違う。
普通の人は、失敗をしても、今までの自信の一部を失うだけ。
これまで貯めてきた「自信」の預金残高がいくらか減るぐらいだ。
充分な貯金があれば、一つの失敗で、すぐに自己否定まで行くことはない。
一方、自己否定的な人にとって、自信を失うというのは、預金口座を失うことだ。
残高がいくらあろうと、その時点で破産して振り出しに戻ってしまう。
いくら他人の評価を積み重ねようと、一つの失敗で自己評価がリセットされてしまうのだから、
いつまで経っても堂々巡りだ。
自分という土台がぬかるんでいる限り、そこに自信を積み重ねることはできない。
他人の評価は気休めに過ぎず、自分の自信のなさを解消する役に立たない。
今までの人生を振り返れば、それぐらいのことはわかるだろう?
他人の肯定は、三匹の子豚の藁の家みたいなものだ。
自己否定のオオカミの鼻息一つで飛んでいってしまう。
だから、俺は提案したい。
「必死に藁の家をつくるのをやめて、オオカミを倒したらどうだろう?」と







まるで自分のことを言われているようです。
周囲に認められることがすべてで自分を見失っていた時間が僕にはあります。
分かってはいるんですが、自分にはそれが難しかったようです。
最近は、かなり立ち直りましたが。
by LOCK (2005-12-17 23:30)
コメントありがとうございました。
わたしの解釈が浅かったことが、今日のブログを拝見して、よくわかりました。自分を肯定するためには、本当の意味で自分に自信をもつためには、ただひたすらに努力し、自分で納得のいく結果を出せばよいのだと、わたしは思い、行動してきました。でも、そうして結果をどれだけ積み重ねても、自分に自信がついたわけではなく、さらに高いハードルをめざして、また努力する・・・ということの繰り返しでした。わたしの今までの時間の大半は、そのために費やされてきたように思います。
でも、自分では煉瓦をつんだつもりでも、それは軽い藁だったのかもしれないと思いました。
でもわたしには、倒すべき狼が何なのかがまだわかりません。
親の愛情に問題があった事はわかっても、親も人間で完璧にはなれないから仕方のなかったのだと素直に思えます。今まで育ててくれた親に対する感謝も愛情もあり、親を責める気持ちも、わたしにはないのです。
長い文章になってしまってすみません。
ただ、katuoさんに答えもなにも求めたりおしつけたりする気持ちはありませんので誤解なさらないでください。もし負担や不快におもわれたなら、本当に申し訳ありません。
by なな (2005-12-18 19:48)
LOCKさん
まずは、頭で納得すること。
そうすれば徐々に変わっていくと思います。
焦らずゆっくりとです。
ななさん
どんな親でも完璧ではない以上、
子供は多かれ少なかれ不完全な状態です。
生きていくのが難しいぐらい不完全な部分があったら、
自分でそれを把握して修理すればよいだけの話です。
別に親を憎んだり、感謝や愛を捨てる必要はない。
不完全な親の不完全な教えを、必要に応じて取捨選択して、
自分に合った道徳を作り出すのは、良くないことですか?
自立した大人は、みんな当たり前のようにやっていることです。
>もし負担や不快におもわれたなら、本当に申し訳ありません。
負担になることはしない主義なので、ご安心を。
by katuo (2005-12-18 23:39)
コメントありがとうございます。
不快や負担になっていなくて、安心しました。
私は、自分の全てを否定してはいないし、自分の中にも好きな部分はあります。
愛されなかった人間の末路、の記事を拝見して、わたしもこんなふうになるのかな、幸せにはなれないのかな・・・と思い、少し不安になってしまい、14日に初めてコメントをさせていただきました。
私の稚拙な文章を、読み飛ばさずにきちんと読んでくださり、丁寧なコメントをいただいたことにも、感謝しております。
ありがとうございました。
by なな (2005-12-19 00:28)
まさに おっしゃるとおり。
どんなにほめられても、良い評価をいただいても、いつも自分の中に
『あたしはそんなすごくもないし、良い人なんかじゃない。』と思う。
何故なんだか自分でも解ってないから、自分に否定的な言葉を
ぶつけられた瞬間に『そうでしょ。その程度なのよ。』と簡単に
自分をダメだと落としてしまう。
あたしにとってのオオカミとは・・・課題ですね。
きょう。
by 沙廩 馨 (2005-12-20 09:37)
その傾向がある事は感覚的にわかります。
しかし、誰か一人にぐらい認めてもらい愛されたい。
預金残高が残っている人は、それだけ愛されてきたからではないのか、という思いがどうしても捨てられないのです。
by 苺 (2010-08-19 21:01)
オオカミを倒すことの究極、、、それが自殺なんじゃないんでしょうか
by NO NAME (2010-08-21 09:59)
「オオカミを倒せ」ってのは「自己否定をやめろ」ということなのでしようか。んで、その方法に関しては一切教えてくれないんですね。
「やめろ」と言われて出来るんだったら、誰もこんなに苦しまないっつーの。
by NO NAME (2010-08-22 05:41)