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批判に答える その2 [疵痕]

ここへの返事です。

>ワタシにはいい年して親にだだこねて甘えてるようにしか見えない!
両親からサービスを受けていて、そのサービスを増やして欲しいというのが甘え。
たとえば、お小遣いをもらっていて、お小遣いを増やして欲しいというのは甘え。
俺の場合は、関係自体が苦痛だから、それを切ろうという提案。
両親にずっと貢いできて、これ以上は貢げないから縁を切ろうというわけだ。
俺の定義では、これは甘えではない。
むしろ、こんないい年まで親にむしられ続けたという方が、恥ずかしい話だ。

俺は物心ついたときから、筋金入りの依存症であって、
親のために何かをするのは、とても楽。
むしろ、親から何かしてもらうのは、心の負担。
その依存症が親を捨てるって言うのは、麻薬中毒者が麻薬を止めるぐらいつらい。
親を許したと称して、ぬるま湯関係を続けてる方が100倍楽です。

>本当に対決する気があれば、原稿用紙など必要ない・・・
>自分の身一つあればいいんじゃないの?
>親と真直ぐ向き合って、
>自分の言葉で腹の底から本音を吐き出してぶつかっていけばいいんじゃ?
>いい年した子供が親に作文を聞かせるようなもので何が対決だか、
>バカバカしくて話にならない。
いろんな意味で原稿は必須だったと思う。
まず、親を前にして、親を否定するのはとてもつらい。
原稿がなければ、日和っていたかもしれない。
あと、心に浮かんだことを話しても何も伝わらないよ。
「書くことと考えること」でも書いたように、
文章にして確かめながらでないと、自分の本音ってわからない。
その場の思いつきでは、「私は傷ついた」という感情論にしかならない。
対決で大切なのは、「両親が愛と呼んでいるものは愛ではない」ということを、
理路整然と示すことだ。
そのためには、何をどういう順番で話すかという段取りが重要になる。

出たとこ勝負で、感情をぶつけあっても、
お互いになんとなくすっきりするだけで、何も変化しないだろう。
瞬間的なカタルシスは得られるかもしれないが、何も解決しない。
これから対決を考えている人にも、原稿作成は強くお勧めしたい。

>『結局、親にも相手にされず』ってか、
>親よりもこの人に問題有り!かなり痛い・・・
相手にされないことはわかっていたよ。悲しいけどね。
両親は、自分たちの思うとおりの行動を取る息子は大切にするけど、
息子の本心には関心が無い。
そのことは、うすうすは気づいているけど、見ないふりをしてきた。
それを認めるためには、それがどう見ても自明な状況を作る必要があった。
その場の感情ではなく、充分に考え抜いた本音をぶつけても相手にされない。
ベストを尽くしても、門前払いなら、もうどうしようもない。
このどうしようもないという現実を、認めることで、先へ進める。

俺はそのために適切な舞台を作って、相手にされないことを確認した。
だからこそ、俺の対決は成功だったわけ。
もちろん、痛いよ。痛いけど、しょうがない。
自分が痛い人なのも自覚してます。今日に始まったことじゃないし。


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